ART BUD JAPAN 日本発。
インタラクティブの中心にアートを。

大量生産、大量消費の時代はもはや限界に達しました。今や、持続可能な社会の構築、サステイナブルであることの意味の再考が求められています。しかしそれらは、日本人が本来大切にしてきたスタイルや考え方でした。時代に即した価値観を求めるこれからの人類にとって、日本人の精神性を、アートを通じて発信していくことは、感動に敏感な、豊かな感受性を育み、新しい時代を生きるヒントをくれるものと考えています。

ART BUD JAPAN.comが考える、「日本人の精神性、三つのコンセプト」―。

禅:「日本人的ものの見方」 たとえば、「侘び」や「寂び」に自己の精神性を投影する態度。引き算の美意識。あるいは、器一椀の中に壮大な宇宙を見出すような内なる豊かさ。それら体験的に会得し身につけてきたスタイルを、私たち日本人ならば、「禅」の一面と呼ぶことが出来るでしょう。私たちは「禅」を「日本人的ものの見方」、つまりは価値観であり、考え方であり、特に感じ方として解釈しています。自然や文化や人間と向き合うとき、日本人の持つ「禅」の精神は、独特の相互作用を誘い、深遠にして未知なる、しかし普遍の感動を喚起します。

花鳥風月:「日本人的ゆとり」 日本は四季の国と呼ばれますが、四つでは足りず、昔から二十四節季で、細かい季節の移り変わりのニュアンスを愉しみ、愛でてきました。「花鳥風月」とはまた、時間の長短ではなく、むしろ濃度に重きを置き、刹那であろうともそこにある幸や恵みをいただく「日本人的ゆとり」を表すキーワードと私たちは考えています。月に祈り、花に願う。風を味わい、鳥のさえずりに涙を落とす。自然に抱かれ、季節の中で生きとし生けるものとともに在ることを愛し愉しむ心のゆとりは、現代をいきる私たちにも息づいているのです。

いき:「日本人的自己表現」 「いき」ほど、日本人的な感性もほかに見当たらないのではないでしょうか。 言葉で説明しにくいけれど、見ればそれが「いき」と判る。判らなければ「野暮」。 説明したらかえって「野暮」。 これ実は、親切で詳細、繊細で入念な自己表現に、何よりこだわってきた日本人だからこその心意気です。 誰かと深くつながりたい。誰かの「深く」につながりたい。 そのために生み出し、磨き上げ、洗練してきた「日本人的自己表現」を、私たちは大きく「いき」と捉えました。 日本が世界に誇る“表現する力”にふれて、「いき」なセンスはいよいよ高まっていきます。

土佐 尚子 / Naoko Tosa


富永 成風 / Seifu Tominaga